適法引用(著作権法32条1項)の判断枠組みについて

Posted by Hideto Nakai on 2021/08/30

1 はじめに

従来、裁判例及び学説の支配的見解は、適法引用の基準として、「明瞭区分性」と「主従関係性」を挙げていました。そして、多くの裁判例は、特に「主従関係性」において、種々の要素を盛り込んで、妥当な解決を導いてきたと評されています。
しかし、上記の2要件は、現行法の文言には記載がなく、かつ、事例によっては使い勝手が良くない場合もあります。そのため、比較的近時の裁判例では、上記の2要件に触れずに、法文上の要件である「公正な慣行」と「正当な範囲内」の解釈・適用として、種々の要素を盛り込んで、妥当な解決を導くものが多くなっています。
以下、比較的近時の裁判例を整理・分析した上で(注1)、実務的に使い勝手の良い判断枠組みを示したいと思います([]の番号は、注1)記載の裁判例一覧表のものです。)。


2 裁判例の分析

(1)全体的傾向
知財高裁平成22年10月13日判決・絵画鑑定書事件[10]以降は、同判決の示した判断枠組み(後記3(2)参照)に沿って検討している裁判例が多いといえます(沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件[2]、風水事件[3]、絵画鑑定書Ⅱ事件[5]、岡山イラスト事件[7])。ただし、事案に応じて、上記の裁判例の示した考慮要素が取捨選択されています。

(2)考察
絵画鑑定書事件[10]の示した考慮要素のうち「その方法や態様について」において、従来の二要件説における「主従関係性」と同様、分量の多寡に尽くされない総合的判断がなされています。「利用の目的」と併せて積極的な検討を行うことにより、原審と控訴審とで評価を異にした事例もあります(絶対音感事件[13][14])。他方、「利用される著作物の種類や性質」について検討している裁判例は、見当たりませんでした。
なお、出所の表示があれば、適法とされた可能性があると考えられる事例もあります(沖縄国際大学米軍ヘリ墜落事件[1][2])。また、利用する側の表現の著作物性については不要と明示する裁判例があります(絵画鑑定書Ⅱ事件[5]、絵画鑑定書事件[10])。


3 適法引用の判断枠組み

(1)「引用」に当たるかどうか
まず、著作権法32条1項の文言上、著作物の利用行為が「引用」に当たらなければなりません。具体的には、①明瞭区別性と②主従関係性を備えているかどうかを検討します。ただし、上記の②主従関係性で検討される事項(利用行為の目的、関係性、主従性等)は、判断の重複を避けるため、基本的には下記(2)の考慮要素である①利用目的、②その方法や態様の中で検討されるべきと考えます(注2)。

(2)「公正な慣行に合致」し「引用の目的との関係で正当な範囲内」かどうか
次に、絵画鑑定書事件[10]の示した考慮要素である①利用の目的、②その方法や態様、③利用される著作物の種類や性質、④著作権者に及ぼす影響の有無・程度等に該当する事実を、事案に応じて、適切なものをいくつか摘示の上で、総合的に判断します。ただし、出所の表示がなされていない場合には、特段の事情のない限り、否定的に判断すべきです。


(注1)裁判例一覧表(注:クリックすると開きます。)

(注2)例えば、ピクトグラム事件[4]は、「被告の利用行為は主従関係性を欠き、そもそも引用に当たらないと解すること」もできるところ、「被告の利用行為を一応引用と認めた上で、正当範囲内の引用とはいえないと解釈している。」と評されています(「しなやかな著作権制度に向けて」所収の横山久芳著「引用規定の解釈のあり方とパロディについて」・同書353頁参照)