音楽著作物の演奏主体性について

Posted by Hideto Nakai on 2021/11/09

1 はじめに

音楽教室における教師及び生徒の演奏について、演奏権侵害の成否等が争われた事案において、知財高裁令和3年3月18日判決は、一審の東京地裁令和2年2月28日判決の判断を覆して、生徒の演奏について、演奏権侵害を否認しました。これは、生徒の演奏については、教師の演奏と異なり、音楽教室事業者が演奏主体(著作物侵害主体)には当たらないと判断したものです。
上記の裁判例については、著作権侵害主体の判断枠組みである最高裁平成23年1月20日判決(以下「ラクロクⅡ判決」といいます。)の一般論や、同昭和63年3月15日判決(以下「カラオケ判決」といいます。)で示された法理の適用範囲等について、学者・実務家が様々な論評を加えています。そこで、音楽著作物の演奏主体性について、近時の裁判例を整理した上で、考察したいと思います。

2 近時の裁判例の整理

2つの最高判決で示された考慮要素の観点から、音楽著作物の演奏主体性について判示した裁判例を整理すると、裁判例一覧表(注1)のとおりとなります(以下、[]の番号は、裁判例一覧表のものです。)。ラクロクⅡ判決以降においても、同判決で示された考慮要素に沿って検討していない裁判例([3][4])、及び、両判決の考慮要素が渾然となって検討されている裁判例([2])の存在を指摘できます。また、結論に着目すると、顧客その他の事業者からみて外部の者の演奏について、事業者の演奏主体性を否定した裁判例([1][7])がある一方、これを肯定した裁判例([2][3][4][5][6][8][9][10])もあります。

3 考察

ラクロクⅡ判決の一般論は、柔軟な判断枠組みであり、音楽教室事件判決([1][2])のように、考慮要素の選択及び評価において、裁判所の広い裁量を許すものですが、反面、結論の予見が困難であるように思われます。特に、顧客その他の第三者の演奏について、事業者の演奏主体性を認めるかどうかについては、裁判所の判断は一定していないように思われます。
この点、音楽教室事件判決(一審)([2])で、生徒の演奏主体性を認めた点については、学者からも批判がなされていたところ(注2)、控訴審([1])は、生徒の演奏主体性を否定したものです。しかし、その理由については、①少なくとも自宅に楽器のない生徒や、防音設備等の関係で自宅での演奏が事実上困難な生徒にとっては、音楽教室における楽器、設備等の提供、設置は、「個別の取決めに基づく副次的な準備行為、環境整備」に留まるとはいえないこと、②音楽教室における生徒は、他の生徒又は自らの演奏からも学ぶこともある以上、生徒の演奏に際して、当該生徒に、他の生徒や自らに聞かせる目的がないまでは言い切れないことなどに、反論の余地を残すものと思われます。


(注1)裁判例一覧表(注:クリックすると開きます。)

(注2)上野達弘著「音楽教室と著作権」・Law & Technology88号37頁参照