1 はじめに
孤児著作物(注1)の利用に関して,現行の著作権法には,著作権者及び著作隣接権者(以下「著作権者等」といいます。)の許諾に代わる手続として,裁定制度があります。しかし,裁定制度及び申請中利用制度は,近時の法令改正により,要件・手続が簡素化されているものの,煩雑な手続であることは否めません(注2)。そこで,令和5年5月17日に成立した,「著作権法の一部を改正する法律」(以下,改正後の著作権法を「改正法」といいます。)では,簡素で一元的な権利処理の実現に向けた新たな制度(以下「時限利用裁定制度」といいます。注3)が創設されました(改正法67条の3)。
以下,裁定制度の要件・手続を概観した後,時限利用裁定制度の要件・手続について述べます。
2 裁定制度の要件・手続について
⑴要件
公表著作物等(注4)の利用のために文化庁長官の裁定を受けるためには,①著作権者等と連絡を取るために必要な情報(以下「権利者情報」といいます。)を取得するための措置として文化庁長官が定めるものをとり(注5),かつ,②取得した権利者情報や保有していた全ての権利者情報に基づき,著作権者等と連絡するための措置をとったにもかかわらず,著作権者等と連絡することができなかった場合である必要があります(改正法67条1項,103条)。
⑵手続
①文化庁長官への裁定の仮申請,正式申請の後,②(申請中利用を行う場合には)文化庁長官が決定した担保金額を供託所に供託して,著作物等の利用を開始し,③文化審議会への諮問・答申を経て,文化庁長官が裁定の可否及び補償金額を決定し,④補償金を供託するか,指定補償金管理機関に支払うことにより(改正法67条1項, 104条の21第2, 3項),利用を継続又は開始します。
3 時限利用裁定制度の要件・手続について
⑴要件
時限利用裁定制度による著作物等の利用は,利用期間の上限内,かつ,著作権者等からの申出があるまでの間の時限的なものとされています(改正法67条の3第4項第2号,7項)。そのため,同制度においては,未管理公表著作物(注6)について,当該未管理公表著作物の利用可否に係る著作権者等の意思を確認するための措置として文化庁長官が定める措置をとったにもかかわらず,その意思が確認できなかったこと等が要件とされています(改正法67条の3第1項)。
⑵手続
①文化庁長官又は登録確認機関への裁定の申請の後,②(登録確認機関に申請した場合には)登録確認機関が要件確認及び使用料相当額算出をした上で,文化庁長官が裁定の可否及び補償金額を決定し(改正法第104条の33第1項,第2項),③補償金を供託するか,指定補償金管理機関に支払うことにより,利用を開始します(改正法67条の3第1項, 104条の21第2項)。
4 おわりに
裁定制度及び時限利用裁定制度の要件の詳細は,いずれも「文化庁長官が定める」ものとされています。両制度の効果の相違を踏まえてどのような政令の改正がなされるのかが,引き続き注目されます。
(注1)孤児著作物とは,権利者不明あるいは権利者の所在不明であるために利用できない著作物のことです(中山信弘著・著作権法第3版532頁参照)。
(注2)過去のコンテンツのアーカイブや配信等の新たな利用に関しては,「その著作権者等の探索も含む権利処理コストが高い」ことが指摘されています(令和5年2月・文化審議会・デジタルトランスフォーメーション(DX)時代に対応した著作権制度・政策のあり方について第一次答申(案)5頁参照)。
(注3)時限利用裁定制度とは,後述の未管理公表著作物等を利用しようとする者が,著作権者等の意思を確認するための措置をとったにもかかわらず,その意思の確認ができない場合には,文化庁長官の裁定を受け,補償金を支払うことにより,当該裁定において定める期間に限り,当該未管理公表著作物等を利用することができる制度のことです(澤田将史・簡素で一元的な権利処理に関する令和5年著作権法改正法案における「時限利用裁定制度」の創設について・ジュリスト1584号47頁参照)。
(注4)公表著作物等とは,公表された著作物又は相当期間にわたり公衆に提供され,若しくは提示されている事実が明らかである著作物のことです(改正法67条1項)。
(注5)現行の著作権法施行令7条の5第1項,平成21年文化庁告示第26号1~3条では,著作物,実演等(以下「著作物等」といいます。)のうち,過去に裁定を受けていないものについては,a)名簿等の閲覧,又は,ネット検索サービスによる情報の検索,b)著作権等管理事業者等への照会,及び,同種の著作物等に関する識見を有する団体への照会,c)公衆に対し情報提供が求められています(なお,過去に裁定を受けている著作物等については,上記a)及びb)の要件が実質的に緩和されています。)。
(注6)未管理公表著作物とは,公表著作物等のうち,著作権者等管理事業者による管理が行われておらず,かつ,文化庁長官が定める方法により,著作物等の利用の可否に係る著作権者等の意思を円滑に確認するために必要な情報であって文化庁長官が定めるものの公表がなされていないもののことです(改正法67条の3第2項)。