1 はじめに
肖像権は、ピンク・レディー事件・最高裁平成24年2月2日判決(以下「平成24年判決」といいます。)にて、その排他的な権利性が認められました。平成24年判決では、肖像権侵害の判断基準は示されませんでしたが、近時、東京地裁中島基至判事による論文(以下「中島論文」といいます。)により、肖像権侵害に関する判断基準の提示が試みられています(注)。以下、中島論文を参考にして、近時の判例の整理と検討を行います。
2 中島論文の概略
平成24年判決が判示したパブリシティ権侵害の判断基準及び近時の裁判例を参照して、肖像権侵害が認められる場合を、原則として以下の3類型に該当する場合に限定し、これらの類型に該当しない場合には、表現の自由その他の重要な法益との関係を考慮して、肖像権侵害が認められる場合を厳格に制限するというものです(以下、「3類型基準」といいます。)。
(1)撮影等された者(以下「被撮影者」といいます。)の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項でないとき
(2)公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するとき
(3)公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるとき
3 近時の判例の整理
近時の裁判例11件(別表参照)のうち、一審において、3類型基準によって肖像権侵害の有無を判断したものは,2件です(別表10,11事件)。これらの判断は、いずれも控訴審にて是認されています(別表3,4事件)。他方で、種々の考慮要素を総合考慮して、人格的利益の侵害が社会生活上の受忍限度を超えるものかどうかを判断するとの基準(以下「総合考慮基準」といいます。)を明示した上で、肖像権侵害の有無を判断したものが、5件あります。よって、少なくとも現時点の裁判例の傾向としては、3類型基準による判断が定着しているとはいえません。
4 検討
3類型基準は、表現の自由に配慮して、肖像権侵害の外延を画する試みと評価することができます。ただし、3類型に該当しない場合、とりわけ公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、被撮影者の侮辱又はその平穏に日常生活を送る利益の侵害の有無が問擬されない事案において、被撮影者の利益が十分に保護されないおそれがあります。具体的には、当初は契約に基づいて被撮影者の肖像等の撮影・公表がなされた後、当該契約が失効した場合などです。このような場合には、肖像等の利用についての合意の範囲、被撮影者の社会的地位その他の事情を考慮要素に取り込むことができる総合考慮基準が、より適した基準であると思われます(別表1,2事件参照)。
(注)民事法研究会発行・L&T別冊「知的財産紛争の最前線No.9」76頁以下参照。