1 はじめに
著作物利用契約上、著作者人格権の一つである同一性保持権(著作権法20条)について、利用形態を特定しない包括的な不行使特約(以下「包括的不行使特約」といいます。)がある場合には、その有効性が問題となることがあります(注1)。
以下、包括的不行使特約の有効性を検討した上で、裁判例を概略しつつ、同一性保持権侵害の有無について検討したいと思います。
2 包括的不行使特約の有効性について
⑴従来の議論
包括的不行使特約については、著作者の意思が反映されないことから、無効であると考えざるを得ないとする説がある一方(注2)、訴訟上の和解の実態などから、原則として有効と考える説もあります(注3)。
また、一般的に包括的不行使特約の有効性を否定しない立場においても、包括的不行使特約に基づき改変がなされた場合には、諸般の事情を考慮した上で、同一性保持権侵害の有無を判断すべきとの見解も有力です(注4)。
⑵検討
著作者保護の要請には傾聴すべきものがあるものの、実務上、包括的不行使特約が定着していることに加えて、裁判例の傾向を考慮すると、一概に包括的不行使特約の有効性を否定することは困難です。そこで、原則として、包括的不行使特約の有効性を肯定しつつ、実情に応じて、同一性保持権侵害の有無を判断することで、著作者保護を図るべきと考えます。
3 同一性保持権侵害の有無について
⑴裁判例
著作者である著作権者による翻案の許諾や翻案権の譲渡と併せて包括的不行使特約がなされた場合には、多くの裁判例が、その有効性を前提に、同一性保持権侵害を否認しています(注5)。
⑵検討
著作物利用契約において、包括的不行使特約が定められる場合は、通常、著作者である著作権者による翻案の許諾や翻案権の譲渡を前提とするものと思われます。その場合には、著作者側に同一性保持権を留保させる必要はないと考えられることから、原則として、同一性保持権侵害は否認されるべきと考えます。
ただし、原著作物の特質(例えば、純文学作品とプログラムとでは、一般に、創作性の程度が異なり、著作者の思い入れの保護の程度も異なるものと考えられます。)や、具体的な改変の態様、特に、名誉・声望を害する態様のものかどうかによっては、例外的に、同一性保持権侵害が認められることもあると考えます。
注1)中山信弘著「著作権法第4版」645頁は、改変の許諾は事前の包括的なものにならざるを得ないことが多いことを指摘しています。
注2)三浦正広著「著作者人格権に関する法律行為」著作者契約法の理論(2023)293頁。
注3)高瀬亜富著「著作者人格権不行使特約の有効性~一実務家の視点から」コピライトNo.662/vol.56(2016)48頁。
注4)上野達弘著「著作者人格権に関する法律行為」著作権研究No.33(2006)54頁は、「著作者人格権の包括的な不行使特約が締結されている場合において行われた改変が同一性保持権の侵害に当たるかどうかは、包括的な不行使特約があるという事情に加えて、その他の考慮要素、すなわち著作物の性質(著作物の実用性や創作性)や利用の目的及び態様(改変の程度や目的)といった諸事情を考慮して判断されるべきである」と述べています。
注5)黙示の同意により同一性保持権侵害を否認した裁判例として、計装士技術維持講習事件・知財高裁平成18年10月19日判決。近時の裁判例として、知財高裁令和5年11月28日判決。