1 はじめに
侵害者の得た利益を著作権者、出版権者又は著作隣接権者(以下「著作権者等」といいます。)の損害と推定する著作権法114条2項については、従来、同条項を適用する前提として、著作権 者等が自ら当該著作物を利用している必要があるかどうかが問題とされてきました。
この点、紙おむつ処理容器事件・知財高裁平成25年2月1日判決(以下「平成25年判決」といいます。)は、特許法102条2項の適用に関して、「特許権が当該特許発明を実施していることは、同項の適用するための要件とはいえない。」と判示して、明確にその必要性を否定しました。
その上で、平成25年判決は、「侵害行為がなかったならば利益が得られであろう事情が存在する場合には、特許法102条2項の適用が認められる」と判示しました。そこで、著作権者等が他者から利用料のみを得ている場合に、上記の事情が存在するものとして、著作権法114条2項が適用されるどうかが問題となりました。
以下、近時の裁判例等を紹介しつつ、検討します。
2 肯定説について
肯定説の主な根拠は、平成25年判決が単に「利益」と述べているところ、少なくとも、著作権者等がライセンシーからランニングロイヤリティー方式でライセンス料を得ている場合には、侵害行為によって、ライセンシーの販売機会が喪失し、それによりライセンス料が減少するという関係が認められることであると思われます(注1)。
3 近時の裁判例
この点、東京地裁令和6年3月28日判決(以下「令和6年判決」といいます。)は、著作権法114条2項の趣旨を挙げつつ、「著作権者等がその著作物の許諾によって得られる許諾料の額は、売上げ減少による逸失利益の額とは明らかに異なる」ことを指摘して、著作権者等がその著作物の許諾料のみを得ている場合には、著作権法114条2項の規定は適用又は類推適用されないと判示しました。
上記の判断は、控訴審である知財高裁令和7年3月26日判決でも維持されています。
4 検討
以下の理由から、否定説が妥当と解されます。
まず、ロイヤリティ収入しか得ていない著作権者にも著作権法114条2項が適用されるとすると、利用料相当額の損害を規定する同条3項が適用される余地がなくなる点があります(令和6年判決の被告らの主張参照)。仮に、いずれの規定により損害の額を主張するかは著作権者等の自由に決定できるとすると(東京地裁昭和59年8月31日判決参照)、同条2項の損害についての限界利益率と同条3項の損害についての利用料率との相違から、同条3項により損害の額が主張されることが事実上無くなるものと思われます(注2)。
次に、平成25年判決が単に「利益」と述べている点については、同判決の事案では、原告は、英国で原告製品を製造しており、これを原告と販売店契約を締結した第三者が、日本国内で一般消費者に対し販売しているというものであり、原告が、上記の第三者を通じて原告製品を日本国内で販売していると評価しやすいものでした。それゆえ、平成25年判決のいう「利益」には、上記のような事情がなく、単に特許権者が実施料のみを得ている場合の実施料は含まれないものと解するのが自然です(注3)。
注1)判例タイムズ1528号218頁以下の判例解説中の「肯定説」参照。
注2)令和6年判決では、原告らは、被告商品の限界利益率は74、3%を下回らないものと主張したところ、裁判所は、同商品の利用料率に相当する割合を3%と認定しました。
注3)判例タイムズ1388号80頁の判例解説参照。